南郷アートプロジェクト2020|見つけに行こう、まだ知らない南郷を。

プロジェクト
ダンス公演「DANCE×JAZZ Episode.0-ジャズの里 南郷」
prologue
プロローグ

ジャズの里のものがたり 05

旧南郷村の村おこしとして、「南郷サマージャズフェスティバル(ジャズフェス)」が始まったのは、今から約30年前の1990年のことです。ジャズ好きの村長の一声から、村民一人一人ができることを積み上げて、「南郷といえばジャズ」と言われるほどになりました。

南郷アートプロジェクトの最終年度となる今回は、南郷ジャズフェスティバルに関わった方にお話を伺い、そこから受けたインスピレーションを基に作品を創作しました。今回、聞かせていただいた5人の方のお話を、八戸市在住のライター馬場美穂子さんによるスペシャルインタビューとして紹介します。

「ジャズの里 南郷」のものがたりをお楽しみください。

語り手:犾守弥千代(いずもり やちよ)
南郷頃巻沢生まれ。南郷サマージャズは第4回からの参加。ジャズフェスボランティアをきっかけに同世代の若者と地域活動サークル「Gクラブ」を結成。20代前半から10年以上にわたり実行委員長を務めた。


いつのまにか根を張った、りんごの樹

 犾守弥千代さんが南郷サマージャズフェスティバルに関わり始めたのは第4回から。役場職員をしていた同級生に誘われてボランティアに参加した。楽しかった、盛り上がった。来年もやりたいと思った。その理由は、同世代の若者と出会えたから。

 それまで村には若者が遊ぶ場所も、集まる機会もなかった。SNSもメールもない時代。

 「知ってます? 南郷って灯りがないから、自動販売機の前で集まってたんですよ(笑)」

 ところが、ジャズフェスに行くと若者がいた。その楽しさ、熱を終わらせたくなかった弥千代さんは、「Gクラブ」を結成した。Gは「集まる」(Gather)のG。ジャズフェスボランティアはもちろん、フェスのポスター貼りに県外までドライブに出かけたり、村内放送で参加者を募ってクリスマスパーティを開いたり、村の祭りでビールや焼き鳥を売ったり。

 「ただ単に飲んだり遊んだりしたかっただけなんだけど(笑)。年に1回のジャズフェスって目標を決めて、あとは村の若い人どうしが知り合う機会とか、活性化にもつながってるって感じだった気がする。まず自分たちが楽しむ。楽しくないと、他人を楽しませるなんてできないからね」

 実は若者の団体は、それまでもなかったわけではなかった。

 南郷サマージャズのアイデアを生み、当時の南郷村長だった壬生末吉さんは、戦地から戻って青年団を作った。地域活性化サークル「輪芸者(わげいもの)」を作った若者もいた。

 しかしGクラブは、この2つと大きく違っていた。リーダーが女性の弥千代さんだったことと、メンバー同士が〝ゆるく〟つながっていたこと。

 誰が来ても来なくても自由。メンバーが友人を連れて来ることもよくあったし、「決まり事が大嫌いだったから。規約とか、『こうしなさい』とかは息苦しくなる」と、名簿を作ることもしなかった。

 リーダーシップを買われて翌年からジャズフェス実行委員長に任命。若干22歳。以来10年以上にわたってボランティアをまとめ上げた。

 日当が出ない代わりに、ボランティア代表として役場に全国のジャズフェス視察に連れて行ってもらったこともあった。

 地元新聞社主宰の賞を受賞したときは、ホテルで授賞式が済んだ後、「飲むぞ!」と投げ出した副賞の袋の中から現金100万円が出てきて喜んだ。「これで飲もう!」と話していたら、村長は「赤字の補填に使う」という。イベントを続ける難しさに気づいた。

 仲間とともに「年間を通じてジャズに関わる場所を作ってほしい」と陳情し、道の駅敷地内にジャズLP・CDを約6,000枚所有する喫茶店・ジャズの館ができた。

 弥千代さんにとってジャズフェスとは何ですか? 尋ねると、間髪置かずに「青春!」という一言が返ってきた。

 実は、30代半ばを迎えた弥千代さんが実行委員長を辞める頃、仲間たちも仕事や子育てに忙しく、ボランティアを続けるのは難しくなっていた。村を出る友人もいた。

 ジャズフェス自体も入場者数が減少し、方向性についての試行錯誤が始まっていた。

楽しいことばかりじゃなかった。「もっとこうしていたら」と後悔だってある。

けれどその全てが、今は愛しい。

 弥千代さんは頃巻沢(ころまきざわ)地区で代々続くりんご農家。ジャズフェスの活動に区切りをつけた後、家業を継いだ。ジャズフェスをりんごの樹に例えて言う。

 「ジャズって苗を外から持ってきて植えたら、いつの間にかしっかり根を張っちゃった。村の人の心の中にも。昔に比べたら収穫が減ったけど、引っこ抜いちゃうのは難しい」

 最後に、現在の実行委員を務める若い世代に願いを託した。

 「だからりんごの枝を1本抜いて、新しい枝をくっつけるって手もあるよね。ロックなのか、レゲエなのか、演歌なのか。どの枝を選ぶかは、その時代の人が考えればいいと思ってる。どうしても続けろとは言わないけど、なくなるのは寂しいね」

 

書き手:ばばみほこ(ライター、ばばことば事務所)
青森県八戸市出身、在住。タウン情報誌編集を経て2007年、ブランドショップ販売員、環境教育講師などをしながら執筆活動開始。2011年、八戸ポータルミュージアム はっち開館企画「八戸レビュウ」参加をきっかけにフリーライターを名乗る。おもに青森県~岩手県北の人・企業・歴史を取材し各種媒体に執筆するほか、地域のアートプロジェクトに参加するなどフリーダムに活動中。三姉妹の末っ子にして三姉妹の母、重度のおばあちゃん子。

ブログ ばばことば日記 https://ameblo.jp/babacotoba/
インスタグラム https://www.instagram.com/baba_48/?hl=ja