南郷アートプロジェクト2020|見つけに行こう、まだ知らない南郷を。

プロジェクト
ダンス公演「DANCE×JAZZ Episode.0-ジャズの里 南郷」
prologue
プロローグ

ジャズの里のものがたり 04

旧南郷村の村おこしとして、「南郷サマージャズフェスティバル(ジャズフェス)」が始まったのは、今から約30年前の1990年のことです。ジャズ好きの村長の一声から、村民一人一人ができることを積み上げて、「南郷といえばジャズ」と言われるほどになりました。

南郷アートプロジェクトの最終年度となる今回は、南郷ジャズフェスティバルに関わった方にお話を伺い、そこから受けたインスピレーションを基に作品を創作しました。今回、聞かせていただいた5人の方のお話を、八戸市在住のライター馬場美穂子さんによるスペシャルインタビューとして紹介します。

「ジャズの里 南郷」のものがたりをお楽しみください。

語り手:佐々木久雄(ささき ひさお)
1954(昭和29)年南郷市野沢生まれ。南郷商工会で事務局長を務め、2019(平成31)年に退職。市野沢商店街にある佐々木商店が実家。市野沢中学時代にトランペットと指揮を経験。


儲けちゃいけない商売

昭和32年に中沢村と島守村が合併して南郷村が誕生。といっても最初のうちは庁舎が2つ。農協も2つ。郵便局も2つ。村民感情も二分。村長は2年おきに中沢・島守と拠点を移してバランスを取っていたほどでした。

 38年、最初に一つになった組織が南郷商工会です。商売のためには中沢の島守のと言っている場合ではないと、商売人たちは気づいていた。

 そんな南郷商工会の職員としてサマージャズに深く関わったのが、佐々木久雄さんです。平成7年の第7回から30年の第29回まで物販を担当。地域の婦人会や酒屋などを取りまとめて、会場で特産品や飲みものを売りました。

 「とにかく儲けるな!が村長の方針」と佐々木さんは言います。モノは売るけど儲けてはいけない、その心は。

 「割り増しした〝イベント価格〟で売るな。市販と同じ価格で売れ。そうすればお客さんに損をさせない。会場でいつもと同じ値段で買えれば、持ち込みもしなくなる」

 そばもちにお汁粉、得意な人が自慢の品を売るからおいしい。しかも安い。会場の一隅に設けられた物販コーナー、通称「テント村」は、訪れる人の楽しみとなり。

 売れるものだから張り合いが出て、品質を研究し、売り方を工夫する。地域の農家のお母さんや商店主の目標にもまた、なっていきました。

 誰一人日当を受け取らないから、当日の売り上げはすべて婦人会や商工会の活動資金に。みんなで力を出し合い、みんなが使えるお金を作る。そしてお客さんに損は決してさせない。

「とにかく来てもらおう、南郷を知ってもらおう、が一番」

 「会場に来てる村の人は、誰に頼まれなくてもゲートから走り出ようとする客には『危ないから走らないでください』って声かけるし、案内を頼まれればするし。チケットだってそれぞれが売ってくる。1枚1枚が積み重なって3,000人、4,000人となっていく。当時お客さんが来てくれてたのは、そういうことだったんじゃないかな。いい方法かどうかは別として」

 商工会の仕事で県外に出ると、「ジャズをやってる南郷ですよね」と声をかけられるのが、佐々木さんの誇りでした。ジャズフェスをきっかけに地域内で新たに祭りが始まったり、「ジャズ菜」(ルッコラ)「ジャズ姫」(いちご)と特産品が増えたりした90年代後半が「地域の青春時代」とほろ苦く笑います。

 平成17年の八戸市との合併を境に、ジャズフェスに思い入れを持つ人が減ったと佐々木さんは感じています。〝おらほ(自分たち)の村〟というコミュニティが共有してきた意識が薄れつつある今。

 それでも「若い頃は『どこ出身?』と聞かれると、南郷って言ったってどうせわかんないんだからって『八戸の在(田舎)のほう』とかって答えてね。ジャズをやってたら、南郷って言っても分かってくれるようになった。よくぞここまでしてくれた、と思う。

 

書き手:ばばみほこ(ライター、ばばことば事務所)
青森県八戸市出身、在住。タウン情報誌編集を経て2007年、ブランドショップ販売員、環境教育講師などをしながら執筆活動開始。2011年、八戸ポータルミュージアム はっち開館企画「八戸レビュウ」参加をきっかけにフリーライターを名乗る。おもに青森県~岩手県北の人・企業・歴史を取材し各種媒体に執筆するほか、地域のアートプロジェクトに参加するなどフリーダムに活動中。三姉妹の末っ子にして三姉妹の母、重度のおばあちゃん子。

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