南郷アートプロジェクト2020|見つけに行こう、まだ知らない南郷を。

プロジェクト
ダンス公演「DANCE×JAZZ Episode.0-ジャズの里 南郷」
prologue
プロローグ

ジャズの里のものがたり 03

旧南郷村の村おこしとして、「南郷サマージャズフェスティバル(ジャズフェス)」が始まったのは、今から約30年前の1990年のことです。ジャズ好きの村長の一声から、村民一人一人ができることを積み上げて、「南郷といえばジャズ」と言われるほどになりました。

南郷アートプロジェクトの最終年度となる今回は、南郷ジャズフェスティバルに関わった方にお話を伺い、そこから受けたインスピレーションを基に作品を創作しました。今回、聞かせていただいた5人の方のお話を、八戸市在住のライター馬場美穂子さんによるスペシャルインタビューとして紹介します。

「ジャズの里 南郷」のものがたりをお楽しみください。

語り手:根岸文隆(ねぎし ふみたか)
1952(昭和27)年南郷島守の代々農家を営む家に生まれる。八戸工業高校卒業後、1971(昭和46)年、南郷村役場建設課に入る。2013(平成25)年に八戸市庁を定年退職。米・ねぎ・ブルーベリー等の農業を営むかたわら、荒谷えんぶり組の親方として伝統芸能の継承に務める。


役場バンド→ハンガリー民俗舞踊→ジャズフェス

青森県の南端だから南郷村。合併でできた村だから集落が点在しています。昭和32年の合併当初、道路の拡幅や病院の設立など基盤整備をまずは行い、昭和の終わりまでそれが続きました。平成に入り、世の中が物質的に豊かになってくると、南郷村でもソフト事業に目が向いてきます。昭和の終わり頃には一村一品運動が起こり、地域の特色をPRする時代に入ったことも、ジャズフェス開催の背景の一つにあります。

 時を少し戻して、合併20周年を目前に控えた昭和52年春。突如、壬生村長から役場職員に「バンドを作れ」との命が下ります。通称「役場バンド」。ギター、ドラム、ベースのほかにトロンボーン、サックス、アコーディオンも。豪華な布陣のわりに楽器を触ったこともないメンバーもいて、根岸文隆さんもそのひとり。仕事が終わると公民館で練習し、終わるとみんなで飲むお酒が楽しみでした。演奏するのは当時の流行歌や演歌。ときには八戸市内のキャバレーで演奏したこともあり、「音は出てましたよ、それなりに(笑)」

 肝心の20周年の式典では、役場入口の池のほとりにステージを設けて演奏。

 
「何もない村に音楽が響き渡った。その頃から村長は、村に音楽を響かせて活性化することを考え始めたんじゃないか」と根岸さんは言います。


 昭和60年、村にUターンした若者を中心としたグループ「輪芸者(わげいもの)85」が、村でハンガリーの民族舞踊団の公演を行いました。
5年後の平成2年には、早稲田と慶應の軽音楽部を招いて「オータムジャズフェス」を開催。

 翌年から「南郷サマージャズフェスティバル」が始まると、やがて根岸さんも役場の担当職員として実行委員会の一員となり、それは八戸市と南郷村が合併した平成17年まで続きました。

 予算編成からチケットの販売、ポスターを貼ってくれるよう営業をかけ、駐車場を確保し、ボランティアを集めて指示するまですべて事務局の仕事。

 中学校や公民館から椅子を運び、会場に並べるのは役場職員も商工会も、委員会のみんな総出で。

 変化を感じたのは第3回、日野皓正・元彦兄弟が出演したとき。土砂降りの雨が叩きつけていましたが、〝ヒノテル〟は少しも怯まず、ステージを前進してきてこう言いました。

 「雨が降っても日野皓正です!」

 どっと沸く、ずぶ濡れの観客。たたみかけるヒノテル。

 「ここは南郷ムラですか? いや、ムラじゃないよね!」

 その瞬間、盛り上がりは最高潮に。会場後方から見ていた根岸さんは思いました。

 村は変わった。たった一言、たった一音で場の空気を変える。こういう人が当たり前に来て、当たり前に演奏する場所になったんだ…。

 音楽を聴いていて思わず躍り出す人なんて、それまで見たことがなかった。ノリ過ぎてステージに上ろうとする人も。

「あの頃は演歌全盛期で、ジャズなんて難しいものをやって楽しめるのかなと思っていたけど、そんなの関係ないんだな。年代も好きな音楽も関係なくノレる」

 土曜の15時から始まるステージのために朝6時に会場に着き、200人のボランティアを配置するところから始まり、片付けが済む頃には日付が変わる。解散は午前2時。会場のテントで一夜を明かし、翌朝、物販用テントを片づけに来た商工会の人々に起こされてやっと、根岸さんのジャズフェスが終わるのでした。

 

書き手:ばばみほこ(ライター、ばばことば事務所)
青森県八戸市出身、在住。タウン情報誌編集を経て2007年、ブランドショップ販売員、環境教育講師などをしながら執筆活動開始。2011年、八戸ポータルミュージアム はっち開館企画「八戸レビュウ」参加をきっかけにフリーライターを名乗る。おもに青森県~岩手県北の人・企業・歴史を取材し各種媒体に執筆するほか、地域のアートプロジェクトに参加するなどフリーダムに活動中。三姉妹の末っ子にして三姉妹の母、重度のおばあちゃん子。

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