桂田精一と小山昇の関係は?年齢は何歳で陶芸家の経歴?

2022年4月23日、北海道・知床半島沖で観光船「KAZU Ⅰ(カズ・ワン)」が遭難事故を起こしました。

少なくとも10名以上の尊い命が犠牲になっています。

「KAZU Ⅰ(カズ・ワン)」の運航会社「知床遊覧船」の社長、桂田精一は経営の知識が乏しく、経営コンサルタントの小山昇さんのイエスマンだったようです。

この小山昇さんと桂田社長との関係はどのようなものだったのでしょうか。

また、桂田社長の年齢は何歳で、陶芸家という経歴もあるそうですが、本当なのでしょうか。

今回は「桂田精一と小山昇の関係は?年齢は何歳で陶芸家の経歴?」と題してまとめていきます。

 

桂田精一と小山昇の関係は?

桂田社長が知床遊覧船の社長職に就任したのは3~4年前です。

経営コンサルタントの小山昇さんが2017年知床へ旅行へ行った際、桂田社長が経営する宿に宿泊しました。

その時に桂田社長に経営アドバイスを行っていました。

桂田社長は経営から全く無縁の陶芸家で社長であるにも関わらず、ド素人で手探りで経営しているような状態だったというのです。

そして桂田社長は、突然やってきた小山昇さんのアドバイスをイエスマンのように聞き入れていきました。

そのことから桂田社長は経営に関して非常に悩んでいたのではないかと想像できます。

小山昇さんからアドバイスを受けたことは、すぐに実行していたようです。

このことから自分の頭で考えず、「小山昇さんの言う事を聞いていれば間違いない!」と小山昇さんに傾倒していたのでしょうね。

 

桂田精一の年齢は何歳?

こちらの方でFacebookの名前検索をしてみたところ、同姓同名のアカウントが発見されました。

勤務先も「しれとこ村」とあるので、このアカウントではないかと思われます。

しかしその中に、年齢などのプロフィールの記載はありませんでした。

今後新しい情報が入りましたら掲載いたします。

 

桂田精一・知床遊覧船社長の顔画像が判明

知床遊覧船の桂田精一社長の顔画像が報道で公開されました。

週刊誌のデイリー新潮が顔画像を掲載。

すでにTwitter上では出回っていましたが、報道で裏付けられたのでこの画像が桂田社長のものでであると特定されました。

画像は本人のTwitterに公開されていました。

 

桂田精一には陶芸家の経歴がある?

桂田社長のFacebookアカウントと思われるプロフィールには、勤務先は「しれとこ村」とあり、陶芸家としての経歴は記載されていません。

しかし、小山さんがしれとこ村に宿泊した時に桂田社長にアドバイスをし、その際に「いい宿ですが、桂田社長は有名百貨店で個展を行うほどの陶芸家で、突然経営を任され、右も左もわからないド素人」と評価しています。

このことから桂田社長は個展を開くことができるほどの実力を持った陶芸家だったことがうかがえます。

 

家族に「私はいけると思った」と説明

事故発生後にあった遺族(家族)への説明会の最中に、桂田社長が「私はいけると思った」と説明していたことが分かり批判を浴びています。

事故があったときは大荒れの天気で、強風や波浪警報が発動されていました。

一般的な感覚があれば、そのような状況の中では出航を中止するでしょう。

当日に運航する予定であった近くの漁船は出航のとりやめや、引き返したこともわかっています。

明らかに船を就航できない状態であったにもかかわらず、「いけると思った」と口にしている桂田社長には本当に理解が苦しみます。

 

過去のKAZU 1の事故を知らなかった

今回の事故で行方不明となっているカズワンは、過去に起こした事故によって亀裂があったことがすでに報じられています。

一方、桂田社長はこの亀裂も「知らなかった」と語っています。

観光船というのは多くの人命を預かる仕事であり、責任者である社長でありながら、責任を果たさず、どうして悪天候の中で「いけると思った」のか、開いた口がふさがりませんよね。

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まとめ

今回は「桂田精一と小山昇の関係は?年齢は何歳で陶芸家の経歴?」と題して、記事にまとめてきました。

北海道・知床半島沖で観光船が遭難した事故で、運航会社社長の桂田精一と経営コンサルタントの小山昇さんの関係が話題になっています。

桂田社長は、小山さんいわく「経営のド素人」で、イエスマンだったようです。

桂田社長の年齢が何歳なのかは不明ですが、ホテル経営を手掛ける前は、有名百貨店で個展を開くことができるような陶芸家であったことがわかりました。

今後詳しい情報が入りましたら追記いたします。